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初代会長
廣瀬 俊吉
元目黒区長

  第二代会長
藤田允治郎
元台北州知事
元千葉県知事
剣道範士
  第三代会長
小梛 敏
初代目黒区体育館剣道指導運営委員会委員長
元皇宮警察本部剣道主席師範
 

第四代会長
伊藤 雅二
元警視庁剣道副    主席師範
剣道範士九段 
 

  第五代会長
佐伯 肇
連盟草創期功労者
剣道範士
 
 
 

目黒区剣道連盟沿革
戦前
(昭和7年)
・目黒区長、千葉胤次郎
目黒区武徳会支部長、目黒区青年団聯合団長、報国館剣道館長を歴任
第一回目黒区青年団聯合剣道大会 開催
戦後(昭和24年)
・碑文谷地区有志により碑文谷警察署・目黒警察署の剣道場での稽古会始まる
・中目黒地区の有志発起人により「目黒区剣道会」設立
・昭和25年初代会長 目黒区長、広瀬俊吉氏 (昭和25〜27年)
・昭和27年全日本剣道連盟が誕生
・ 同年 目黒区剣道会を目黒区剣道連盟と改名
・  第二代会長 剣道範士藤田允治郎 (昭和27〜42年)
・  第三代会長、剣道範士小梛 敏(昭和42〜49年)
・  第四代会長剣道範士、伊藤雅二(昭和49〜62年)
・  第五代会長 佐伯肇 就任(昭和62〜平成5年)
・  第六代会長 長谷川光延(平成5〜16年)
・ 平成16年7月4日 第七代会長 小梛 稔 (平成16年〜)

 

故佐伯肇先生「剣道振興について」
(創立三十周年記念のファイルより)
戦前戦後に於ける目黒区の剣道振興について
 戦後剣道はG.H.Q.の命により、大日本武徳会が解散となり禁止された。しかし一千数百年の歴史と伝統を持つ剣道は焼跡の灰燼の中より掘り出された金星の如く性格を一変し、体育スポーツの一種目として誕生した。それは学生・生徒の心身の育成を主眼にした競技内容を持ち、さらに全日本剣道連盟は、他のスポーツ団体と同じく、民主的に運営されることとなり、試合規則審判法も三人の合議制となった。
 目黒区における剣道の振興は戦前戦後を通しその内容目的は一変したものの、区民一体となって振興を計って来て居ることを申し述べたい。戦前(昭和7年)目黒区長、千葉胤次郎氏は、目黒区武徳会支部長、目黒区青年団聯合団長、報国館剣道館長を歴任され、第一回目黒区青年団聯合剣道大会が昭和7年に開催され、以来七回会を重ね終戦近くまで続けられた。当時の主任師範は中山博道、(神道無念流)同師範伊庭兵二(不二心流)他拾数名の指導者を擁し、大会進級試合が行われた。
 戦後、昭和24年、目黒区碑文谷地区、吉川正實、高橋鋭之助、中村文吾、安斉太一、小梛稔、福永篤、原島丑五郎 等々。目黒区中目黒に於ては、舟久保四朗、玉野一郎、佐伯肇、長谷川光延、中田紀正、丸山致、肥後敏行等が剣道愛好者として、碑文谷警察署並に目黒警察署の剣道場を借用して剣道が行われた。さらに碑文谷地区、中目黒地区の有志が発起人となり、目黒区剣道会が設立され、昭和25年初代会長に、目黒区長、広瀬俊吉氏が就任されて斯道の育成を計った。昭和27年全日本剣道連盟が誕生と同時に、目黒区剣道会も目黒区剣道連盟と改めた。昭和27年第二代会長剣道範士藤田 治郎、第三代会長、剣道範士小梛敏、第四代会長剣道範士、伊藤雅二が夫々就任され、現会長は第五代として佐伯肇が就任している。
 春秋の各大会は、男女共千数百名の参加人員を擁し、協力剣道クラブ、14団体、指導員数(六段以上)六十数名である。現区長、塚本俊雄氏は、剣道範士であり参拾数年に亘り、戦後の剣道に協力を戴いた。現在、目黒区剣道連盟は、青少年男女の体力の増進と育成に努力することは勿論であるが、全日本剣道連盟の目的及び趣旨に同意し、「剣道は剣の理法の修練による、人間形成の道である」を強調し、健全なるスポーツの発展を計って居る。
 現在目黒区剣道連盟会員は大人四百参拾五名、小人五百九拾四名である。
目黒区剣道連盟会長  佐伯 肇